Vol.134印刷キーワード:菊判 四六判

きくばん、しろくばんって何?

A系列なら菊判、B系列なら四六判、少し大きめの2つの原紙について。

マンスリーUP vol.128で、本・雑誌・カタログなどの仕上がりサイズについてご紹介しました。

今回は、こうした印刷物を刷る「原紙(実際に印刷機で刷られる用紙)」の大きさについてのお話です。

きくばん、しろくばんって何?

印刷物の仕上がりサイズは、A4、A5、B4、B5 が一般的だと言えるでしょう。

A系列仕上がりの印刷物はA列本判(625×880㎜)、B系列の印刷物はB列本判(765×1,085㎜)の原紙が基本とされていますが、実際には「少し大きめ」の原紙に印刷することが多くなっています。なぜなら多面付けする際、面付けごとにドブ(vol.131参照)を取る必要があるからです。

さらに最近はベタや写真、平網等が多用され、こうした印刷物の色調を機械的に管理しやすいよう、印刷面の余白に余裕が必要だという理由もあります。

ちなみにA系列の少し大きめの原紙は菊判(きくばん:636×939㎜)、B系列の少し大きめの原紙は四六判(しろくばん:788×1,091㎜)と言います。

ちょっと変わった名前ですが、それぞれ面白い由来がありますのでご紹介しましょう。いずれも発祥は明治の頃に遡ります。

菊判、四六判
菊判の由来

明治になって特に増えた印刷物に「新聞」があります。

当時はドイツから輸入された700×1,000㎜の用紙(和単位で2尺3寸×3尺3寸:寸のサイズが縦横ともに3寸なので三三判と言われていた)を4つ切りにして使っていました。

しかし明治中期になると新聞紙面もにぎやかになり、紙面を大きくする必要が生じたため、今度はアメリカから25×37インチ(ほぼ636×939㎜)の用紙を輸入。この用紙は「菊印判」という商標で売り出され、徐々に新聞用紙以外にも広く使われるようになります。

そして、現在でも使われている菊判という名前が定着していきました。

なお新聞の「聞」が「聞く=菊」に通じる、輸入紙のアメリカでの商標マークが菊に似た花のダリアだった、菊は皇室紋で風雅な印象があるなどにより、菊印判と名付けられたようです。

四六判の由来

江戸時代は鎖国が長く続いていたため、欧米から紙を輸入することはありませんでした。

当時、一般的に使われていたのは、半紙と呼ばれる和紙。その中でも美濃地方で作られていた少し大判(1尺3寸×9寸:394×273㎜)の和紙「美濃判」が人気を博し、日本旧来の標準判になっていました。

明治時代に用紙が輸入され始めるようになると、イギリスのクラウン判の変形判が美濃判の丁度8倍の大きさ(31インチ×43インチ:ほぼ787×1,092㎜)だったことから、受け入れられやすく「大八つ判」として広く流通。

この大八つ判に32 面付けで印刷すると、ページ仕上がり4寸×6寸(121×182㎜)サイズの印刷物ができたことから、徐々に四六判という名前で呼ばれるようになりました。

印刷に関連してよく聞かれる菊判、四六判の名前の由来がおわかりいただけたのではないでしょうか? 実際の原紙を見たいというお客様は、ぜひ当社工場見学へお越しください。

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